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大阪高等裁判所 昭和58年(ラ)339号 決定 1985年4月15日

抗告人(制限債権者)

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

森下康弘

外四名

相手方

河野玉文

右代理人

宮永堯史

神戸地方裁判所昭和五八年(船)第一号船舶所有者等責任制限事件につき、同裁判所が昭和五八年八月二二日にした責任制限手続開始決定に対し、抗告人から即時抗告の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一  原決定を取り消す。

二  相手方の本件船舶所有者等の責任制限手続開始の申立てを棄却する。

三  手続費用は第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

第一  抗告の趣旨及び理由

別紙記載のとおり。

第二  当裁判所の判断

一抗告理由一について判断する。

1一件記録によれば、次の各事実が認められる。

(一) 昭和五五年四月三〇日午後三時五五分ころ、別紙船舶目録一記載の船舶(以下「第五神山丸」という。)、同二記載の船舶(以下「第三泉丸」という。)及び鋼管約七〇〇トンを積載した同三記載の船舶(以下「本件バージ」という。)がこの順にロープで接続して縦船列を構成し、相手方が第五神山丸に、件外浜本忠男(以下「浜本」という。)が第三泉丸に船長としてそれぞれ乗り組み、両船のエンジンを作動させながら本件バージをえい航して神戸市東灘区深江浜町東部第四工区の沖合を東から西に向け航行中、相手方において左前方に出港しつつある大型船を発見して同船との衝突を回避すべく、浜本と連絡打合わせの上第五神山丸(第一えい船)及び第三泉丸(第二えい船)を右に回頭して東神戸水路に避航進入させたところ、相手方の予想に反して本件バージが大きな円孤を描いて旋回したため、同市同区魚崎浜町三七番地海上自衛隊阪神基地隊東岸壁に船首を南に向けて係留されていた同基地隊所属の掃海艇「たかみ」の左舷前部に本件バージの左舷後部を衝突させ、更に「たかみ」の右舷前部をその西側に船首を南に向けて「たかみ」と並列して係留されていた同基地隊所属の掃海艇「いおう」の左舷前部に玉突衝突させたこと(以下「本件事故」という。)。

(二) 右「たかみ」及び「いおう」の所有者である国は、右事故により両艇の船体の修理費用として金一五一六万八〇五八円の損害を蒙つたとして、第五神山丸の所有者である件外河野忠行、同船船長である相手方、第三泉丸の所有者兼船長である浜本及び両船の傭船者である中井シッピング株式会社(以下「中井シッピング」という。)に対して、右損害金及び遅延損害金の支払を求めて大阪地方裁判所に訴えを提起したこと。

(三) 第五神山丸及び第三泉丸は主としてひき船を目的とした船舶であつて、本件事故当時、中井シッピングとの間の定期傭船契約に基づき同会社の指示により本件バージをえい航していたものであり、両船は、トランシーバーにより相互に連絡をとりつつ共同して本件バージのえい航に当たつていたこと。

(四) 本件バージは、株式会社トーメンが所有する全長六〇メートル、幅二〇メートルのえい船されて積荷を運ぶ台船で、自力で航行するためのエンジン、舵等の航行機能を欠き、船員が乗り組むための設備もなく、本件事故当時も何人も乗り組んでいない、元々、独航能力がないものであつたこと。

2右認定の事実によれば、本件バージはその性能上ひき船にえい航されてはじめて運貨船としての機能を果たすことができる船舶であり、また、第五神山丸及び第三泉丸はともに他の船舶のえい航を主たる目的とした船舶であり、したがつて、これらの船舶は被えい船、えい船の関係に立つて航行することが船舶としてのその本来の機能であること、本件事故当時本件バージは独航能力のない被えい船として完全に第五神山丸及び第三泉丸の支配下にあつて専ら両えい船の操船に従つてえい航され、また、右両えい船は相互に密接な連携をとりつつ共同して本件バージのえい航に当たつており、右三隻の船舶は有機的に一体を成して航行していたとみられること、本件事故についての責任原因は専らえい船側にあり本件バージには何らの責任原因もうかがわれないことが認められる。

3ところで、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(以下「船主責任制限法」という。なお、以下において引用する同法の規定は、いずれも昭和五七年法律第五四号による改正前のものである。)によれば、船舶の航海に関して生じた一定の損害に基づく債権について、船舶所有者等又は船長等の責任を制限することができ(第三条第一項)、船舶所有者等又は船長等の責任の制限は、当該船舶ごとに、同一の事故から生じたこれらの者に対するすべての制限債権に及び(第六条)、その責任限度額は、責任を制限しようとする債権が物の損害に関する債権のみである場合においては、一単位の千倍に船舶のトン数を乗じて得た金額であるとされている(第七条第一項第一号)。

この船主責任制限制度は、船舶所有者等の責任を制限することにより海運業の適正な運営と発展に資することを目的とした制度であるが、船舶所有者等の保護を図りつつこれに対する債権者(制限債権者)との利害の適正妥当な調整を図るための方法として金額責任主義が採用されたものということができるのであつて、責任限度額を考えるに当たつて制限債権者の立場を度外視することはできないというべきである。このような観点に立つてみれば、責任限度額の大きさを考えるに当たつては当該船舶につき予想される事故ひいては損害の大きさが重要な要素となるというべきであつて、船舶のトン数を基礎にして責任限度額を算出することとしているのも一つにはこのような考慮によるものであると考えられ、また、船主責任制限法第八条第二項、第三項が三〇〇トン未満の船舶については三〇〇トンとみなし、一〇〇トン末満の木船については一〇〇トンとみなした上責任限度額を算出することとしているのも、右のような比較的小型の船舶であつても航行中にひとたび事故を惹起させたときには大きな損害が生ずることが少なからず予想され、このような場合においても当該船舶の具体的なトン数によつたのでは制限債権者の利益を不当に害する結果となることを考慮したからにほかならないと解される。このような船主責任制限制度の基本的理念に照らすと、本件におけるようにえい船が独航能力のない大型バージをえい航し、これをその完全な支配下におき、有機的な一体としての船舶団を構成して航行するときは、その船舶団により事故を惹起させた場合には大きな損害を生じさせることが一般的に予想されるから、右損害額に対応すべき責任限度額を設定するのが前記の法の趣旨に沿うゆえんであり、したがつて本件において船主責任制限法第七条第一項第一号の規定を適用するに当たつては、前認定の三隻の船舶から成る船舶団を有機的一体としてとらえ、各船舶について個別に算出された責任限度額の和をもつて右船舶団の責任限度額とするべきものと解するのが相当である。もし仮に、前記条項の「船舶」の意義を厳格に解釈して各船舶ごとに責任限度額を定めるべきものとすると、本件相手方は第五神山丸のトン数に基づいて算出された限度額に責任が制限されることになり、被えい船である大型バージが衝突したことにより多大の損害が生じたにもかかわらず、被害者である抗告人においては、その責を本件バージの所有者等に対して問うことができない上、相手方からも極めて僅かの満足しか得ることができない結果とならざるをえないのであつて、船主責任制限法の前記各規定が制限債権者に対しこのように不合理な不利益を強いることを許容するものとは解されない。

4そこで、以上の見地に立つて、相手方の責任限度額を検討する。第五神山丸は木船であると認められるから船主責任制限法第八条第三項、第一項、第七条第一項第一号を、第三泉丸については同法第八条第二項、第一項、第七条第一項第一号を、本件バージについては同法第八条第一項、第七条第一項第一号をそれぞれ適用して(同法第二条第七号に規定する「一単位」は、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律施行令(昭和五一年政令第二四八号)第一条によれば二三円である。)各船舶の各責任限度額を算出すると次のとおりとなり、相手方の責任限度額はその合計である金五五二〇万円となる。

(1) 第五神山丸 金二三〇万円

(23円×1000×100=230万円)

(2) 第三泉丸 金六九〇万円

(23円×1000×300=690万円)

(3) 本件バージ 金四六〇〇万円

(23円×1000×2000=4600万円)

5そうしてみると、抗告人の本件制限債権(金一五一六万八〇五八円)は相手方の右責任限度額を超えないことが明らかであるから、船主責任制限法第二五条第二号の規定により、相手方の本件責任制限手続開始の申立ては棄却を免れないものというべきである。

二よつて、その余の抗告理由について判断するまでもなく、抗告人の本件制限債権の額が相手方の責任限度額を超えることを理由とする原決定は相当ではなく、本件即時抗告は理由があるから、原決定を取り消し、本件責任制限手続開始の申立てを棄却し、手続費用は第一、二審とも相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(村上明雄 寺﨑次郎 安倍嘉人)

船舶目録 一

船舶の種類及び名称 汽船第五神山丸

船籍港 兵庫県神戸市

総トン数 13.35トン

船舶目録 二

船舶の種類及び名称 汽船第三泉丸

船籍港 兵庫県神戸市

総トン数 19.63トン

船舶目録 三

船舶の種類及び名称 非自航船KT―五

船籍港 大阪市

総トン数 二〇〇〇トン

〔別紙〕

〔抗告の趣旨〕

原決定を取り消す。

本件船舶所有者等責任制限手続開始の申立てを棄却する。

との裁判を求める。

〔抗告の理由〕

一 原決定には、本件船舶所有者等責任制限手続開始の申立て(以下「本件申立て」という。)を、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(以下「本法」という。)二五条二号により棄却すべき事由があるにもかかわらず、右責任制限手続を開始した違法がある。

1 抗告人が原審における昭和五八年六月三〇日付け求意見に対する回答書一、(一)(二)で詳述したとおり、本件海難事故は、要するに、航行の動力及び操舵をえい船に依存し、かつ、船員等の配置もない被えい船(バージ)が、前記別紙一の船舶(以下「本件船舶」という。)を含む二隻の船舶にえい航されて航行中、えい船側の過失により被えい船が抗告人所有の掃海艇に衝突したものであるが、かかる場合の衝突責任が右二隻のえい船の船長等にあることはいうまでもないところである。すなわち、これらのえい船及び被えい船はえい船列として一体となつて航行し、えい船たる二隻の船舶は、自らの動力及び操舵によつて独航能力のない被えい船(バージ)を支配管理していたのであるから、えい船の船長等は、被えい船の管理者として、えい船側の過失により被えい船が他船に与えた損害について、その賠償責任を当然負わなければならない。抗告人は、本件各船舶の船長等に右衝突責任のあることを前提として、前記回答書二、(一)3記載のとおり、本件手続外で商法の各規定に基づき右船長等に損害賠償請求訴訟を提起しているのである(本件船舶の船長である申立人自身も右責任のあることを前提として本件申立てをしたものと考えられる。)。

2 ところで、このようにえい船と被えい船とが有機的に一体となつて航行し、かつ、えい船側の過失により事故が生じた場合、独航能力のない被えい船は、えい船の動力及び操舵によつて航行しているのであるから、えい船の一部分と見るべきであり(道路交通法一六条二項参照)、したがつて被えい船が他船に与えた損害については、えい船の船長等が商法上その損害賠償責任をすべて負うのと同様に、本法の解釈上も、えい船と被えい船とはこれを一体と見て(大審院昭和一三年九月一〇日判決・民集一七巻一九号一七三一ページ)、えい船の船長等が負う責任限度額(本法七条)は、えい船自体の責任限度額のみにとどまるものではなく、えい船の船長等が支配管理する被えい船の責任限度額をもこれに合算すべきであると考える。けだし、右の場合に、仮にえい船の船長等の責任がえい船の責任限度額のみにとどまるものとすれば、えい船側の過失により被えい船が他船に衝突して重大な損害を与えたとしても、えい船の船長等はえい船自体が衝突した場合と同様、極めて低額の責任限度額をもつて当該事故に伴うすべての責任を免れるという甚だ不当な結果となるばかりではなく、他方制限債権者に対しては甚大なる損失を被らせることになり、船舶の積量トン数を基礎として責任限度額を定める本法の趣旨にも反することになるからである。換言すると、本法では、一〇〇トン未満の木船の海難事故については、通常事故の規模も比較的小さく損害額も多額にのぼらないと予想されることなどを考慮して責任限度額の算定の基礎となる船舶のトン数について特別な配慮がなされている(本法八条三項)のであるが、船舶が大型化すればそれだけ海難事故による損害も増大することが明らかであるので、その責任限度額も船舶のトン数に応じて高額化されるところ(本法七条一項)、本件のように、巨大な被えい船(自重二〇〇〇トン)がえい船側の過失により他船と衝突した場合、他船に与える損害の程度は、独航能力を有する同一積量の船舶の衝突の場合と何ら異ならないのであるから、その責任限度額をえい船自体(しかも先頭えい船のみ)の責任限度額に限定すべき理由は全くないのである。したがつて、本件の責任限度額は、えい船二隻と被えい船とを一体と見て、それぞれの責任限度額を合算した額とすべきである。

3 かかる見地に立つて、本件における責任限度額を算定すると、次のとおり総額は五五二〇万円となり、本件制限債権額(一五一六万八〇五八円)が、右責任限度額を超えないことが明らかである。

(A) 先頭えい船(第五神山丸)の責任限度額 二三〇万円

(23円×1,000×100t=2,300,000円)

(B) 二番えい船(第三泉丸)の責任限度額 六九〇万円

(23円×1,000×300t=6,900,000円)

(C) 被えい船(バージ)の責任限度額 四六〇〇万円

(23円×1,000×2,000t=46,000,000円)

責任限度額合計 五五二〇万円

4 右に述べたとおり、本件申立ては、本法二五条二号に該当することが明らかであるので、これを棄却すべきであるにもかかわらず、原決定は同号に該当する事由がないとして、本件責任制限手続を開始した点で違法がある。

二 原決定は、本件の責任限度額を二三〇万円と定めるが、右責任限度額の算定には誤りがあり、不当に少額の責任限度額を定めた違法がある。

1 抗告人は、前述したとおり、本件の責任限度額は、本件船舶を含むえい船二隻と被えい船の各責任限度額を合算した額であると主張するものであるが、仮に右主張が容れられず、被えい船(バージ)の責任限度額を本件の責任限度額の算定上除外すべきであるとしても、本件のように、えい船二隻が一体となつて被えい船(バージ)をえい航し、えい船側の不可分一体としての過失により被えい船が他船に衝突して損害を与えた場合には、先頭えい船たる本件船舶の責任限度額のみをもつて本件事故の責任限度額とするのは誤りであり、少なくともえい船二隻の各責任限度額を合算した額をもつて本件の責任限度額とすべきである。

2 すなわち、本件におけるように、独航能力のない被えい船(バージ)をえい航するには、被えい船をえい航し得る能力(馬力)のあるえい船をもつてえい航業務が行われるのであるが、一隻のえい船によつてえい航できない場合には、さらにその馬力の増強のために不足する馬力相応分のえい船一隻を加えてえい航業務が遂行されるところ、両えい船が協働し一体となつて(両えい船が一機関となつて)航行することにより、初めて本件のように巨大な被えい船(バージ)のえい航が円滑に行われるのである。

3 したがつて、このようにえい船二隻がいわば一隻の船舶のように一体となつて被えい船(バージ)をえい航中、被えい船がえい船側の過失により他船に衝突して損害を与えた場合には、その責任限度額は各えい船の責任限度額のみに区分し限定すべきではなく、えい船二隻を一体と見て、各えい船の責任限度額を合算した額をもつてえい船の船長等が負う責任限度額とするのが相当である。

4 この見地に立つて、本件の責任限度額を算定すると、前記第三、一、3の(A)及び(B)の合算額九二〇万円が右責任限度額となる。それゆえ、先頭えい船たる本件船舶の責任限度額二三〇万円のみをもつて本件の責任制限額とした原判決には、責任限度額の算定を誤つた違法がある。

三 原審は、責任限度額相当の金銭及びこれに対する法定の遅延利息を付加した金額をもつて、本件の基金(本法三三条)とすべきであるにもかかわらず、前記のとおり二三〇万円についてのみ相手方(申立人)に対して供託(本法一九条一項)を命じこれに基づき原決定をなした点で違法がある。

1 海難事故の加害者である船舶所有者等が被害者に対して任意にその損害賠償責任を履行しないときは、被害者はやむを得ず右船舶所有者等に対し損害賠償請求訴訟を提起するのであるが、この場合右船舶の所有者等は、責任制限手続開始の申立てにつき期間の制限がないところから、右訴訟において敗訴の判決が確定したとき、あるいは本件におけるように敗訴の可能性が強くなつたときに、初めて責任制限手続開始の申立てを行うのである。それゆえ、船舶所有者等から責任制限手続開始の申立てがなされる時期は、海難事故の発生時から既に相当年月を経過しており、その時点までの損害賠償金に対する遅延損害金は多額にのぼることになる。

2 ところで、責任制限手続開始の申立てがあつた場合に、このように累積された遅延損害金について、これをも当該責任限度額に含まれると解し、本来の賠償金をはるかに下廻る当該責任限度額をもつて船舶所有者等の責任をすべて免責するとすれば、加害者はその海難事故による紛争の早期かつ円満な解決の努力を怠り、ぎりぎりまで被害者の請求に対し抗争した上で右制限手続開始の申立てをなすことにより遅延損害金をすべて免れることになつて、被害者の利益を著しく阻害するのみか、甚だ衡平の観念に反する結果になることが明らかである。

3 したがつて、船舶の所有者等が責任制限の利益の享受を主張する場合には、本法に定める責任限度額のみならず、これに海難事故の発生日(不法行為時)から、裁判所の命令により責任限度額相当の金額が供託される日までの同金員に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付加した金銭を供託して制限債権者が権利を行使し得る基金とすべきである(小町谷操三「船舶所有者等の責任の制限に関する法律について」民商法雑誌七四巻二号二〇九ページ)。

4 ちなみに、金銭債権は、現代資本主義社会における大動脈であつて、金銭は通常利殖しうべきものであるから、これが履行遅滞によつて当然に損害を生ずるものである。したがつて、金銭債権の不履行は常に履行遅滞となり債務者は不可抗力をもつて抗弁となしえず、債務者は損害の証明をすることを要せず当然に法定利息相当の遅延損害金を請求しうるのであつて(民法四一九条)、右は私法一般に通ずる大原則である。本法一九条一項は、裁判所は「責任限度額に相当する額の金銭」を裁判所の指定する供託所に供託すべき旨を命じなければならないと定めているが、同条が右私法の大原則を積極的に排除したものでないことは、次の理由により明らかである。すなわち、本法一九条の基礎となつた海上航行船舶の所有者の責任の制限に関する国際条約(昭和五一年条約五号)三条一項の金額が遅延損害金をも含む趣旨であることを明らかにした右条約上の定めはなく、かつ、条約審議の議事録にもこれを肯定する資料はない。また、船舶所有者等の責任の制限に関する法律の一部を改正する法律(昭和五七年法律五四号、なお、同改正法は未施行)一九条によると、裁判所は申立人に対して、「裁判所の定める責任限度額に相当する金銭及びこれに対する事故発生の日から供託の日まで年六パーセントの割合により算定した金銭」を供託すべきことを命じなければならない旨規定し、前記の趣旨を明らかにした。さらにまた、船主責任制限の制度について本法と同じく金額責任主義を採用しているイギリスにおいても、責任制限の基金は、船舶のトン数を基礎に算定された責任限度額に、事故発生の日から裁判所に同金額の払い込みのある日までの一定の利息(年5.5パーセント)等を付加した金額をもってこれを形成することになつているのである(重田晴生「イギリスにおける船主責任制限制度三」法学新報七八巻四・五・六号二三六、二三七、二四一ページ)。

5 本件についてこれを見るに、前記二、4で述べたとおり、責任限度額は九二〇万円であり(もつとも、前記一の算定方法によつても同様に遅延損害金を付加すべきであるが、右算定方法によると責任限度額のみをもつて、本件制限債権額を優に上廻るので、別途遅延損害金を算定するまでもない。)、これに対する事故発生日である昭和五五年四月三〇日から裁判所の定める責任限度額相当の金銭が供託された日(ただし、原審が供託命令を発し供託された金額は二三〇万円のみである。)である昭和五八年八月一二日までの遅延損害金は、次のとおり一五一万二三二八円になる。

(計算式) 制限債権額×利率×期間=遅延利息

6 よつて、原審は前記責任限度額九二〇万円及びこれに対する前記遅延利息一五一万二三二八円を合算した金額である一〇七一万二三二八円を、本件の基金として相手方(申立人)に供託を命ずべきであるにもかかわらず、二三〇万円についてのみ供託を命じ原判決をなした点で違法がある。

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